Wish Melodies Blog - 小林志保ブログ


MENU

どうして声優になったのかという話


スポンサーリンク


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

どうも、小林志保です。

 

「なんで声優になったの?」

 

とたまに聞かれるので、書いてみたいと思います。

 

幼少期

幼少期から語らなければならない。ひええ。

 

私は小さい頃から、アニメが好きな子どもでした。

 

まずは『セーラームーン』。

 

幼稚園で、セーラームーンごっこをしていたのを覚えています。

なんか最後みんな死んじゃうんだよね…(ネタバレ

セーラービーナスがクレッセントビーム!しながら死んでいく様をなんかよく再現していましたw 

美少女戦士セーラームーン BREAK TIME FIGURE ?SAILOR VENUS?セーラーヴィーナス

主題歌ももちろん、3番くらいまであるのを全部覚えて、歌っていました。先生に褒められて、遠足のバス車内でマイク使って歌った記憶。

 

あの頃から、「ごっこ」も、歌う事も好きでした。

 

他にも、『らんま1/2』やら『魔法騎士レイアース』やら、もちろん、スタジオジブリ作品やら、『ドラえもん』やら『クレヨンしんちゃん』やら、色々大好きでございました。

 

らんまは手を洗った時にどうなるの?ぬるま湯を被せたら?という疑問は当時から思っていました。

  

魔女の宅急便とトトロを繰り返しビデオで見ていました。

「あーるっかない♪あーっるかない♪わたしはーびょおき~」

とか謎の替え歌も歌っていました。非常に健康な子どもでしたが。

 

レイアースのラストで凄まじい衝撃を受けたのも覚えています。

「出しきれない実力は~だーれのせい~?」

と歌うと、母親が

「あんたのせいよ!」

と突っ込んで、ケラケラ笑うのが日常でした。

 

ドラえもんは『ブリキのラビリンス』を見すぎて、ビデオテープがぶっ壊れました。悲しい。

間にストⅡやら写ルンですのCMやらが挟まってたのも何故か印象的です。…TVで放送されたやつの録画を見ていたんだね。

まあそんなこんな、小さい頃はこんなもんでした。

 

小学生

アニメからは少し離れる

小学生になると、アニメからは少し離れました。

 

私の出身地である青森県弘前市は通常テレビが5チャンネルしかありません。テレ東はおろか、フジテレビもありません。今もないよ。

お昼休みはウキウキウォッチングは午後5時からやってました。サザエさんは土曜日にやっているものでした(週遅れ)。

アニメ サザエさん公式大図鑑 サザエでございま?す!

 

なので、周りの同年代が見ていたようなメジャーなアニメは見られない状況にありました。

たしか、フジ系は朝5時とか夕方4時とかにやっていたんだと思うんですけど…。(局が買って、違う時間帯に放送するんでしょうね。)

うーんあんまり記憶にないなあ。

ドラちゃんやクレしんとか、グルグルとか…は見ていたのですけど。

あ、あとはコナンくんか。コナンは未だに大好きで、全巻持っております。

 

歌が好き

アニメはどっぷり見る…という事はなくなりましたが、代わりに、歌が大好きな小学生になっていました。

毎週、歌番組は欠かさず見ていました。

お気に入りの歌はノートに書いて覚えたりして。

英語の歌も、親にふりがなをふってもらって、覚えたりして。

学校でも歌いまくっていました。

 

アダムス・ファミリー

そんななか、たしか小学四年生の頃、ある洋画にハマりました。

『アダムス・ファミリー』です。

毎日ひたっすら見てました。おもしろくておもしろくて。

ドクター・ピンダーシュロスという登場人物のモノマネにハマっていました。吹き替えは、谷育子さんです。言い回しがめちゃくちゃおもしろくて。ずーっと真似してました。

しかしよくまああんな毎日見ていたなあ。今思うと謎です。

 

TWO-MIX

さてさて、日常で歌番組をせっせと見たりしている中、TWO-MIXと出会いました。

確か、タケダスポーツのCMでLIVING DAYLIGHTSという曲を聞いたのが初めだったと思います。

おお、いい声だ、いい曲だ~!と思いました。

 

お小遣いでベストアルバムを買い。

その前後かな?

コナンくんの主題歌がTWO-MIXの「TRUTH」という曲に。

 

そして知る衝撃の事実。

 

そう、TWO-MIXのボーカルは高山みなみさん。

魔女宅のキキとウルスラ(2役で会話してる)、コナンくん、らんまの天道なびき、天使にラブソングを2のリタ!

とんでもない声優さんだったのです。

衝撃でした。

しかも、作曲も編曲もしている!

ええ?!?!

 

もう完全にとりこでございました。

 

中学生

高山みなみさんに憧れた結果

そんなわけで、高山みなみさんに憧れて、中学の頃から、PCで作曲を始めました。

MIDI対応のキーボードを繋いだり、初めてシンセ音源を買ったり…(SC-88Pro STという当時は一般的なやつを安ーく買いました)。

良き思い出です。

 

歌は相変わらず好き

中学になると、カラオケにも行きまくるようになり、声を使いまくっていました。

毎週のように6時間とか行っていた気がする…

この頃から、声をどうやって使えば良いのか、というのを、カラオケから学んでいました。 

 

テニプリにハマる

そんな中、友人にすすめられて、『テニスの王子様』という漫画にハマりました。

※アニメは放送されていませんでした。

友人はキャラソンなんかも持っていて、CDも貸してくれました。

主人公・越前リョーマくんの、皆川純子さんのカッコイイ事といったら!歌もうまっ!

というわけで、リョーマ君も聴きまくって真似しまくっていました。

 

高校生

高校生の頃は、進学校に入ったため、ひたすら勉強が忙しかったような気がします。

そんな中でも、勉強しながら音楽は聴いていました。

歌手と声優、の存在が自然と生活の中で大きな割合を占めるようになりました。

 

救ってくれたアニメ

さて、そんな高校時代なんですが。

友達と仲違いしたり、クラスに馴染めなかったり…。

色々ありました。

そんな時に、兄がおもしろいぞ、とすすめてくれたのが

『十二国記』というアニメでした。

 

ちらりと見てから、全部見たくなり、TSUTAYAオンラインを駆使して全話のDVDを借りました。(※地元のレンタルショップには置いてなかったのです)

 

もう、ドハマリ。

大号泣。

こんなに泣くか?!というくらい泣きました。

いろんな悩み事の答えがそこにあって。

主人公の陽子とともに成長した。そう思いました。

原作本も全部買って読みました。サントラも買ったし、劇中曲のピアノ譜も買って弾いていました。

 

そんなわけで、めでたくアニメが生活に戻ってまいりました。

 

 

大学生

さてさて。

大学に入り、東京に出てまいりました。

音楽系に行こうかな?とか、考えもしたのですが、将来仕事をするにあたって…ひとりで何かをコツコツやるのが向いているのかなと思い、ひとりで勉強していればなんとかなるであろう(と思っていた)法学部に進みました。

 

大学時代は、ニコニコ動画やら何やら、いろんな文化がありました。

アニメは、すごく身近な文化になりました。

カラオケに友達と行けば、アニソンを歌うのは普通になりました。

 

さてさて、1年目は、慣れるのに精一杯でした…

 

しかし…

確かあれは2年生の時…

 

英語の課題を提出したのですが、できが悪く、再提出を求められました。

上野の美術館に赴いて、やらなくてはいけない課題だったのですが、上野が家からは遠かったんですね。当時。

 

なんで私、こんなわざわざ遠くまで来て、嫌々、わけのわからん課題をやっているんだろう…

 

そんな事を思いました。そして更に、ふと思ったのです。

 

このままだと、人生は一生、誰かに無理矢理、嫌なことをやらされる事になるのでは?

 

ヤバイ、と思いました。

着実にそういうレールに乗っているという感覚がハッキリとわかりました。

まっすぐそういう道に進んでしまっている。

 

これでは不幸一直線だ…

どうしよう。

ああ、好きな事をやらなくては…

 

そんな考えに至りました。

 

 

音楽をやるも…

さてさて。作曲も引き続きやっており。

音楽をやればいいのかな?

と思い、曲を作りまくりました。

 

しかし…

 

あれ?なんか、大事なことを忘れている…?

 

そんな感覚が湧いてきました。

 

自分は、何かにすごく憧れていたような…

 

あ。

高山みなみさんだ。

 

そうだ、

声優もやりたいんだった…

 

そう思いました。

 

しかし、可愛い声の人しか声優になれないのかな…と思い、一度は諦めたり…

 

でも結局。

やりたい!という気持ちが日に日に膨れ上がり。

声優の専門学校に、大学と平行して通う事にしました。

お金を貯めて、気づけば大学4年生になっていました。

 

大学卒業後

大学卒業後は、専門学校の卒業オーディションで取ってもらい、某声優事務所の養成所に通うことになりました。

そこで、前述の『アダムス・ファミリー』の谷育子さんに教えていただきました。運命を感じました。

そして、2年間通いましたが、見事不合格。

辛い思いもしました。

就活もしたりしました。

 

でもやはり諦めきれず…

一年お金を貯めて、また別の学校へ行くことにしました。

 

※この頃の気持ちを歌にしたりもして。


強い私にはなれないけれど - Wish Melodies

 

そして今に至る

改めて専門学校に通ったのち…

学校の卒業オーディションで、沢山の事務所の方から声をかけていただいて(その年度では最多!)、無事、なんとか声優になることができました。

 

まあその後、お仕事がたくさん貰えてるかと言われれば、そんな事は無いのですが…。

それでも、好きな仕事をやらせていただけるというのはすごく大きなことです。月に数本でも、本当に嬉しい。

何より、未来に希望を持てる、夢を持てるというのは、生きる上で、というか生き延びる上で、大きな力になっています。

希望って本当に大事だと、思います。

 

とまあ、そんな感じでございました。

 

まだまだめでたしめでたし、では無いですが。

私が声優になったのはこんないきさつでした。

人にはそれぞれ人生があるんだねえ。という事で。

 

何かのご参考になったりすれば、幸いです。